快速なよろ

雑記
12 /16 2015
道北、名寄に出張でした。

旭川から日本最北の快速列車だという「快速なよろ」で行きます。

国鉄時代の気動車一両です。途中、旭川四条(あさひかわよじょう)、永山(ながやま)、比布(ぴっぷ)、和寒(わっさむ)、剣淵(けんぶち)、士別(しべつ)、風連(ふうれん)と停車し、名寄までを1時間半かけて運行しています。

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車内に乗り込むと結構な人で賑わっています。席は四人掛けのボックス席。なんとか座ることができました。

午後3時、真新しい高架の旭川駅を出発。すぐに富良野線と分岐して列車は左にカーブ、宗谷線を進みます。旭川四条までは高架が続いているので、運が良ければ右手に大雪山系が眺められますが、この日は晴れてはいるものの山頂に雲がかかっていてだめでした。

同じく右手に「氷点」の中で”国策パルプ”の名前で登場する日本製紙の工場が吐き出す煙が見えます。高架を降りてしばらく行くと永山駅です。ここで1/3ぐらいの人が降りました。

永山駅を過ぎると旭川市内を脱するので住宅がなくなり、雪原が広がります。日の光が反射して眩しいです。そう、ここは道内有数の稲作地帯。そのど真ん中にある比布は北海道米「ゆめぴりか」が生まれた地でもあります。

比布を出ると列車はここから塩狩峠超えです。ディーゼルエンジンをぜいぜい言わせながら登ります。結構な勾配で今にも止まりそう・・・。

やっとのことで峠を下ると「天塩国」です。上川盆地から名寄盆地に入ったことになります。和寒、剣淵と停車していき、士別に到着。人口は2万ちょっとで、このあたりでは大きな街です。「最後の屯田兵村」と言われていて、入植は1899年だそうです。

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士別を出ると、今度は天塩川の鉄橋を渡って進み、次の停車駅は風連。このあたりの稲作はうるち米からもち米に変わります。

そして終着は名寄。1900年に山形県からの入植で拓かれたと言われています。人口は3万人ぐらい。道内有数の酷寒地域です。昨冬の最低気温記録は-27.0℃。同じ日の最高気温は-9.6℃で、一日の平均気温は-19.6℃だったようです。

宗谷線は単線なので、快速なよろの到着を待って、先に到着していた稚内からの特急スーパー宗谷が札幌に向けて出発します。(左)
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こちらが乗ってきた「快速なよろ」。


かつての赴任先の近くだったものですから、ちょっと多めに書いちゃいましたね~。

オマケ写真は翌朝、ホテルの窓から見たピヤシリスキー場方向の様子。(たぶん)
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コメント

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 記事を拝見させていただくと、ますます北海道への旅への思いが膨らみます。来年は是非考えたいです。札響公演つきで。それに、前の記事のKitaraのお写真、このホールは、本当に豪華で、綺麗で、素晴らしいですよね。見ただけで、どんな音がするのかななどど、思いを巡らしてしまいます。
 これからも、素晴らしいシャッターさばきに期待していますよ。

Re: バルビ様へ

こんばんは。
田舎ですが、想像を絶する田舎もあって突き抜けているところがあるのが北海道旅行の魅力かと思います。是非お越しくださいませ。写真はスマホで撮ったものなのでご愛嬌ということで・・・(笑)。あっ、でもkitaraは是非一度はご堪能ください。
コメントありがとうございました。

別世界

sankichi1689さん、こんにちは。

写真を通して見ても大きな空、澄んだ空気、手つかずの大自然を感じます。旭川より北は鉄道で行ったことがありませんが、札幌旭川間ですら街と街の間は別世界の風情で感動しました。

道内の鉄道路線は一昔前と比較してすっかり縮小してしまいましたので、残された路線にはなんとか頑張って残ってほしいです。

Re: ばけぺん様へ

こんにちは
少しでも雰囲気を感じ取ってもらえて嬉しいです。私にとっては街と街の切れ目がない首都圏の景色は別世界です(笑)。

過疎化、マイカー普及、国鉄民営化で路線の縮小が一気に進みました。近年では江差線が廃止され、今は増毛線の留萌-増毛間も廃止の予定です。この名寄もかつては名寄本線や深名線もあったんですけどね。
コメントありがとうございます。